豆知識

三種の神器はどこにある?〜壇ノ浦の戦い〜

三種の神器と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか。

白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫ですか、「3C」カラーテレビ・クーラー・カー(自家用車)ですか、最近ではデジタルカメラ・DVDレコーダー・薄型大型テレビのデジタル製品もそう呼ばれているみたいですね。

たむ
今回は八咫の鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣についてお話します!!

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三種の神器って?

八咫鏡

天照大御神が天の石屋戸に隠れてしまった際、思金の立案で天津麻羅命あまつまらのみことの打った鉄を石凝姥命いしこりどめのみことに磨かせ、天照大御神を引き出した際に榊に飾られました。

  1. 石凝姥命がつくる
  2. 天照大御神に渡る
  3. 邇邇芸命に持たせ天孫降臨
  4. 歴代天皇が皇居内で祀るが崇神天皇が遷座を命ずる
  5. 豊鍬入姫命が笠縫邑に祀る
  6. 倭姫命が皇大神宮に祀る

宮中の賢所には八咫鏡の形代(レプリカのようなもの)が奉安されています。

 

 八尺瓊勾玉

こちらも天照大御神の石屋戸隠れの際に玉祖命たまのおやのみことがつくり、八咫鏡とともに飾られました。

  1. 石凝姥命がつくる
  2. 天照大御神に渡る
  3. 邇邇芸命に持たせ天孫降臨
  4. 宮中で祀られる

 

たむ
宮中のどこにどのように祀られているかはこの先で説明するよ!

 

天叢雲剣(草薙剣)

須佐之男命すさのおのみこと(素戔嗚尊)が八岐大蛇やまたのおろちを倒した際に尾から現れた剣で、

のちに日本武尊やまとたけるのみことに承継されました。

また、日本武尊が東国遠征の際に火攻めを受けた際に天叢雲剣を振り、草をなぎ払って逃れたことから草薙剣とも呼ばれます。

  1. 石凝姥命がつくる
  2. 天照大御神に渡る
  3. 邇邇芸命に持たせ天孫降臨
  4. 歴代天皇が皇居内で祀るが崇神天皇が遷座を命ずる
  5. 鏡と共に笠縫邑を経由して伊勢に移される
  6. 景行天皇の御代に伊勢の倭姫命が日本武尊に託す
  7. 日本武尊は東征の帰路、尾張に置いていき、現在は熱田神宮で祀られる

 

これらの姿を見ることはできず、天皇すら見ることができないとされている。

かつて第63代冷泉天皇が八尺瓊勾玉の入った箱を開けようとすると、中から白い煙が現れ、見ることを中断したという逸話も残っています。

 

現在、三種の神器(その形代)は宮中のどこに祀られるか

三種の神器は邇邇芸命が天孫降臨の際に地上に持ってきましたが、その際天照大御神は宝鏡奉斎の神勅(同床共殿の神勅)を下します。

吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。与に床を同くし殿を共にして、斎の鏡となすべし。

訳:我が子よ、この鏡を見るとき、当然私を見るのと同じように見るべきだ。床を共にし、同じ殿にいて神聖な鏡としなさい。

どういうことかというと、「三種の神器は宮中に保管しなさい」ということです。

 

ここまでの説明を読んだ方は

「え?三種の神器は熱田神宮や伊勢神宮に保管されてるんじゃないの?」と疑問に思うかもしれません。

そうなんです。

もともとは宮中に奉安されていたのですが、第10代崇神天皇の御代に床を共にすることは恐れ多いことであるとして、宮中には形代(レプリカ)を置き、本体は熱田神宮や伊勢神宮に移すということになったのです。

したがって、崇神天皇の御代以降は宮中には形代が置かれているのです。

※レプリカと言っても偽物というわけではなく、本体と分身という関係です。

 

賢所と剣璽の間

では、三種の神器はそれぞれ宮中のどこに奉安されているのでしょうか?

 

八咫鏡の形代は賢所に奉安されています。

賢所とは宮中三殿のうちの1つで、天照大御神を祀っているところです。

 

八尺瓊勾玉と草薙剣は剣璽の間に奉安されています。

剣璽の間とは天皇皇后両陛下の寝室の隣にある部屋です。

昭和21年までは天皇が外出する際には侍従が持って同行していました。

 

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現存する三種の神器って本当に本物なの?

たむ
これまでに三種の神器が消滅の危機にさらされたことは何度かありました。

その一つがは壇ノ浦の戦いです。

 

壇ノ浦の戦い

時代背景

平清盛は後白河法皇との関係を結び、太政大臣にまで上り詰め日宋貿易で多額の富を築き力を強めたが、それに不満を持った後白河法皇と対立し、平清盛は後白河法皇を幽閉してしまいました。

一方、清盛は娘の徳子を高倉天皇に嫁がせることに成功しその子・安徳天皇をわずか3歳で即位させます。

しかし、これらの横暴には次第に不信感が強まり源平合戦に発展し、源頼朝,義経率いる源氏に追い詰められ壇ノ浦の戦いを迎えたのでした。

 

三種の神器の行方

壇ノ浦の戦いでも追い詰められてしまった平氏ですが、こんな時でも安徳天皇を手放そうとはしませんでした。

安徳天皇は祖母(平清盛の妻)・時子に抱えられて海に飛び込み水死し、また時子は三種の神器のうち天叢雲剣と八尺瓊勾玉を身につけていたため、一時は八尺瓊勾玉と草薙剣の形代は海に沈んでしまいまったのです。

その後、八尺瓊勾玉は木箱に入っていたため浮いてきたところを発見されます。

しかし、金属でつくられた剣は海に沈んでしまいました。

 

たむ
ちなみに安徳天皇の次に即位した後鳥羽天皇は草薙剣がないままの即位で、そのことを気にしていたとか...

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