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【神主が選ぶ】丑年に由緒のある神社5選 菅原道真と牛や天神雷神の関係

こま君
2020年は子年だったけど、そろそろ戌年が来てもいいんじゃないかワン!!!

 

こま君!ほんの数年前、戌年だったでしょ~。2021年は丑年だよ!!!
たむ

 

2021年は丑年

丑年にはやっぱり丑にまつわる神社に参拝したいですよね。

 

丑といえば牛。牛といえば菅原道真公を思い浮かべる人も多いのではないですか?

まずはなぜ天満宮には牛の像があるのか説明していきます。

 

菅原道真と牛の関係

菅原道真公が祀られている全国の天満宮、天神社に牛が祀られている理由は

菅原道真公は生前「私が死んだら、牛車に私の遺体を乗せて運ばせ、牛が立ち止まったところに埋葬しなさい」と言い残した。

菅原道真公は丑の年(845年)に生まれ、丑の日(903年2月25日)に亡くなった。

 

これらが菅原道真公と牛の関係と、天満宮,天神社には牛の像がある理由です。

 

菅原道真
牛を飼っていたこともあるぞ~

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牛の像が座っている理由 臥牛とは

ところで、神社に置かれている牛の像のほとんどが座っています。

この座っている牛を臥牛がぎゅうというのですが、なぜ牛の多くは座っているのでしょうか。

 

その答えは菅原道真公の遺言にあります。

先ほども説明しましたが、菅原道真公は「自分の遺体を運ぶ牛が止まったところに埋葬するように」と指示しました。

牛はもともと宝満山の麓を目指していましたが ある場所で座り込んでしまい、これを菅原道真公の思し召しと理解し、その地(現在の太宰府天満宮の本殿)に埋葬することになりました。

この時の牛の体勢を模した臥牛が全国にが広まったのです。

 

こま君
牛と菅原道真公の関係は分かったけど、そもそも菅原道真って誰なんだワン???

 

菅原道真公は「学問の神様」と呼ばれているよ。丑(牛)に関わる神社5選を紹介する前に菅原道真公の生い立ちについて話するよ!!!
たむ

 

菅原道真ってどんな人?

菅原道真公は幼いころから学問の才能を発揮し、わずか5歳で和歌を詠むなど、神童と称されました。

青年期には学者として最高位の文章博士となりました。また、このころには弓の才能も開花し、まさに文武両道の鑑との評判を得ていました。

讃岐国に派遣された際は疲弊していた国を見事に立て直し、京都に戻ってからは遣唐使の中止(894年)など多くの功績を残し、国風文化の発展に貢献しました。

 

その後は右大臣に任命され、さらに国の発展に貢献していましたが、左大臣 藤原時平の策略により太宰府に左遷され、太宰府の地で生涯を終えました。

 

菅原道真公の死後には、藤原時平の策略に関わった藤原菅根や藤原清貫らは雷に打たれて死去しており、これは菅原道真公の呪いによるものではないかとされています。

 

菅原道真公ってすごい人だったんだね~。
こま君

 

たむ
文武両道ってそう簡単にできるものでもないし、右大臣にも上り詰めるなんてとんでもないことだよね。

 

菅原道真が祀られる神社を天満宮・天神社と呼ぶ理由

天満宮や天神社には天神(天満大自在天神てんまんだいじざいてんじん)を祀っています。

 

菅原道真を天神と呼ぶ理由については以下の説があります。

  • 『北野天神縁起絵巻』によると、菅原道真が天拝山で自分が無実である旨を書いた文書を詠むと、天から天満大自在天神と書かれた文書が下りてきた
  • 『菅家御伝記』によると、安楽寺が創建された際 創建者の味酒安行が道真より神託をうけ、道真を天満大自在天神と号した

 

菅原道真が雷神とされる理由

もともと北野の地には火雷神ほのいかづちのかみという雷神が地主神として祀られていました。

菅原道真の死後、平安京周辺では疫病が流行しており、対応策を協議するため内裏(御所)にある清涼殿せいりょうでんというところに公卿が集められていました。この時、清涼殿に落雷が発生し、菅原道真の左遷に関わった藤原清貫らが焼死する清涼殿落雷事件が起こりました。

この事件は菅原道真の怨霊によるものであると恐れられ、事件を引き起こした雷神の正体こそが菅原道真であるとされたのです。

 

たむ
説明が済んだところで、ここからは丑年とゆかりの深い神社を紹介するよ~!!!

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丑年に由緒のある神社5選

太宰府天満宮(福岡)

太宰府天満宮は菅原道真公の墓所の上に造営しされた神社です。

12,000社ある天神さまをお祀りする神社の総本宮で「学問の神様・至誠の神様」をしたい多くの人が参拝に訪れます。

 

 

北野天満宮(京都)

こちらも全国12,000社ある天満宮・天神社の総本社です。

拝殿の欄間(らんま)には、なぜか一体だけ立った姿の神牛が刻まれています。これは全国的に見ても大変珍しいものですので、丑年の方はぜひ見ておきたいです。

 

大阪天満宮(大阪)

菅原道真公が太宰府に向かう際に、現在は摂社とされている「大将軍社」に立ち寄ったとされています。

菅原道真公が訪れてから50年後に一夜にして七本の松が生え、夜毎にその梢を光らせたと言われており、これを聞いた村上天皇は菅原道真公を御祭神としてお祀りしました。

7月24日25日に行われる「天神祭」は日本三大祭りのひとつに数えられます。

 

 

文子天満宮(京都)

道真の乳母であった多治比文子は、道真の託宣を受け、自宅に小さな祠を建て道真を祀ったとされており、これが北野天満宮の前身とされています。

菅原の道真公を「天神」としてわが国で最初におまつりした神社であることから「天神信仰発祥の神社」と位置づけられます。

 

 

生身天満宮(京都)

 

この神社は菅原道真公を生前から祀っていた神社で、日本最古の菅原道真公を祀った神社とされています。

901年に菅原道真公が太宰府に左遷されてから、敬慕の情が募り生祠が建てられ、菅原道真公の死後には神社と改められました。

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