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実家が神社ってどういうこと? 社家の歴史と出雲大社

私を含めて全国には数多くの家が代々神社に仕えています。

このように神社に仕える家系を社家というのですが、社家の歴史について今回はお話していきます。

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社家の起源

神道の元となった精霊崇拝が生まれたころは、専門職の神官などは存在していなかったと考えられます。

 

このころに崇拝されてきた神は土地の守護神としての性格が強く、

自然相手のことであればすべての人が平等に畏敬してきたはずだと考えられるからで、実際にその土地の構成員が当番制で祭祀を執り行う役割についていたという説明もされています。

 

 

3世紀ごろ、大和朝廷が誕生すると、大王が各地に国造(くにのみやつこ)という軍事的、政治的な支配者を設置しており、国造が祭祀を担当していたという文献も残っているようです。

 

 

奈良時代になると、天皇を中心とする支配が確立し、天皇が支配者たる所以として神道を神聖なものとして扱う必要がでてきました。

このときに、神に仕える専門職としての神主が生まれ、祭祀の厳粛さを保つために、その家系が代々神に仕えることとなったのです。

 

 

明治時代に入ると「神社を私的なものにするべきではない」という精神から社家制度が撤廃されます。

撤廃されたといっても対象となったのは官国幣社だけですが。

 

 

例えば、お笑い芸人 狩野英孝さんは社家に生まれ、1500年ほどの歴史のある家系だそうです。

現在でも伊勢神宮をはじめ様々な大きな神社では社家は存在せず、異なる家柄の人間が宮司に任じられています。

 

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代々社家の神社 出雲大社

しかし、上記のような制度に賛成しなかった神社が一つあります。

 

それは出雲大社です。

 

出雲大社は日本最古の神社の一つであり、

宮司も天照大御神の家系であることからなのか、特別に扱われています。

 

 

出雲大社は古来、天穂日命(あめのほひのみこと)の12代の子孫が出雲大社の神官として任命され、出雲国造を兼任していました。

 

 

南北朝時代になり兄弟げんかを理由に国造は現在の千家氏北島氏にわかれましたが、当時の守護の計らいにより、両氏がともに出雲大社の祭司を務めていました。

 

 

明治時代になると北島氏は宮司職から外され、千家氏が宮司を継いでいくこととなったという事情はありますが、現在でも国造が宮司としての役目を果たしております。

 

なお、出雲大社では宮司という言葉が使われず、代わりに国造という言葉が今でも使われています。

 

ほかのパターン

上記のように古代または中世から社家の家もありますがほかのパターンもあります。

 

例えば私の友人の場合

初代の宮司は区役所で働いていたと聞いています。

(もちろん初代は神社創建の時でしょうが、何らかの理由で初代の家系が途絶え、今の家系になってからという意味です。)

 

 

当時、神官も現在でいう公務員と同様な地位にあり、役所に勤めている人間から神主として神社に派遣(いわゆる出向か)されていたと聞いています。

 

 

以下の記事もあわせてご覧ください!!!

神職になるには 大学?養成所?

神社のCEOはだれ? 宮司と禰宜と神主の違い

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