神社の運営には神道学の他にも、経営学・法律学などの様々な知識が必要です。なかでも法については神社の存続にも直接的に関わる事案が多く、神職の研修でも神社の運営に必要な法律について学びます。
また、法律関係の試験や高校・大学等の試験で出題される政教分離原則の部分を神社の関係者が説明していることは少ないと思います。
今回は津地鎮祭訴訟(S46.5.14高裁判決、 S52.7.13最高裁判決)について神社に仕える者であり、法律系の国家資格に合格している私が解説していきます。

※わかりにくい言葉には説明を入れています。語句を押せばこのページ下の説明欄に飛びます。
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高等裁判所判決

※地鎮祭については用語解説と神社関係者の私見をご覧ください。
【事件の概要】
三重県津市は市体育館の建設の際に神社神道の儀式に則った地鎮祭を行った。これに対して市議会議員Xが市の行為は憲法20条及び89条に反するとして、市長が市に対して支出金額を賠償することを求めて出訴した。
【争点】
①神社神道は宗教か
②地鎮祭は宗教行為か
③地鎮祭に公金を支出することは憲法20条3項違反か
【判旨の要約】
①について
憲法でいう宗教とは『超人間的本質の存在を確信し畏敬崇拝する心情と心理』をいう。
神社の祭神が崇敬の対象となる以上、神社神道は宗教である。
②について
宗教的行為と習俗的行為は下記3つのの観点から区別する。
(イ)主宰者が宗教家かどうか
(ロ)作法が宗教界で定められたものかどうか
(ハ)一般人に受け入れられる程度のものか
本件では
(イ)について
主催者は神職という神社本庁から資格を与えられたものである。
(ロ)について
地鎮祭の作法については神社本庁により定められている。
(ハ)について
地鎮祭は明治40年に定められたのものであり、わずか数十年の歴史しかなく、すべての国民が受け入れられるものではない。
(イ)、(ロ)、(ハ)ともに宗教行為の要件を満たす。
したがって地鎮祭は宗教行為である。
③について
憲法20条3項は2項と異なり「個人の強制」がなくても、地方公共団体が宗教行為(本件では地鎮祭)を行った時点で侵害を受ける。
住民の大半がその宗教を信じていたとしても認められない。
憲法20条3項のいう「宗教行為」とはあらゆる宗教的信仰の表現を包括する概念である。
以上の理由から、地鎮祭への公金支出は違憲。

最高裁判所判決

【事件の概要】
上に同じ。上告審。
【争点】
①憲法の定める政教分離とは
②具体的な事例について政教分離規定をどのようにあてはめるか
【判旨の要約】
①について
憲法の定める政教分離原則は制度的保障で、信教の自由そのものを直接的に保証するものではなく、国家と宗教の分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を確保するものである。
②について
宗教というのは思想といった内面に限らず外部へ影響を与えるのは当然であって、国家が活動を行うにあたって宗教的なかかわりを持つことは免れない。→国家が宗教と関わりを持つ目的と効果を考慮したうえで判断するべきである(目的効果基準)。
憲法20条3項にいう宗教的活動とは国家と宗教の関わりが相当であると解される範囲を超えるものに限られ、宗教的な意義を持ち、宗教に対する援助・助長・促進又は圧迫・干渉等になる行為をいう。
個別の事案については主宰者が宗教家かどうか、式次第が宗教の定める方式に則って行われるかどうかなど外見的側面だけでなく、行われる場所、意図、一般人の評価、目的及び宗教的意識の有無、程度、一般人に与える効果を考慮し、社会通念に従って客観的に判断しなければならない。
地鎮祭は土地の平安・工事の安全を祈る世俗的なものと認められ、宗教に対する援助・助長・促進又は圧迫・干渉等になる行為とも言えないことから地鎮祭を地方公共団体が行うことは憲法20条3項で禁止される宗教的活動とは認められない。

法と神社の用語解説
地鎮祭
建物を建設する際に行う儀式で、土地の神様に工事を行う旨を伝え、土地の平安・工事の安全を祈る儀式です。
必ず行わなければいけないものではありませんが、基本的には多くの施工主が地鎮祭を依頼します。
地鎮祭は施工会社と取引のある神社や氏神にあたる神社に依頼するのが一般的です。
憲法第20条
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
②何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
③国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
憲法第89条
「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
習俗的行為
世代的伝承性を持ち、強い規範性ないし拘束性のある協同体の伝統的意思表現、すなわち生活様式ないしそれを支えている思想様式を帯びた行為。一般化された日常的な行為。
神社関係者の私見・解説
なにかを建てるということには大変な危険が付きまとい、建築を依頼する側にとっても多くのお金が必要となりますので、工事を円滑に進め安心して暮らせるようにしたいと考えるのは当然のことであると考えます。日本という国は古来から常に神道と共にある国で現在も例外でもありません。それは皇室や神社仏閣の存在からも明らかです。いくら政教分離の原則があるからと言っても日本という国の基盤には神道の存在がありこれは避けることのできない事実です。実際に地鎮祭は奈良時代に編纂された日本書紀にも現れています。
そんな日本において土地の平安や工事の安全を祈るための方法として神社神道にの取った地鎮祭が行われることは当然のことであると考えます。また、津市が市体育館を建設したのは昭和40年のことであり、この時期は現在に比べて多くの建物がつくられていたことから、現在と比べてより多くの人に地鎮祭という存在が普遍的なものとして受け入れられていたことでしょうから、最高裁判所の判決は妥当なものであると考えます。
しかし、現代では町は十分に開発されつくされており、都心と言われている地域では新たに建設できる土地が減っています。実際に近年は都心から離れた部分まで行かなければ地鎮祭の仕事を受けることができないことが多いのです。
今回紹介した津地鎮祭訴訟の判決はかつてと比べて神道と接する機会が減っている現代人の感覚とは若干ズレている部分もあるかもしれませんが、日本に古来から根付く伝統を一般的で日常的なものとして後世まで残していきたいものです。
神社が関わった訴訟シリーズ