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「神様はいない」と主張する友人に神主の立場でしたい話

「神を本当に信じているのか」、「神がいると思うのか」という問いを友人に投げかけられたことが何度もあります。宗教の信仰に関する話題はタブーと言われますので、悪酔いした友人にしか言われたことはありませんが、最初の内は回答に困りました。

神職の家系に生まれた私は、神社に関する内容を小学生の頃からクラスメイトらに茶化されており、信仰に関する話題は非常にセンシティブで、避けたいものでした。
しかし、職業として神職をするようになってからなんとなく自分の中で納得できる答えに辿り着いたので、ここに記します。

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神道の神(八百万の神)は友人が考える一神教の神とは性質が違いがある

私が友人らの日常の発言から推察するに、日常生活において特定の宗教と交わらない人々は、「神」という言葉で、一神教の神を想像し、それを「絶対的な存在」と捉えているのではないでしょうか。

そして、その信者は神の存在を一方的に、盲信的に信じていると思っているのだと感じます。

一神教の信者が、実際にそのような思想を持っているかはさておき、このような感覚は神道の思想とは異なるものだと考えます。

亡くなった大切な人のお墓参りに行く感覚は神社での神道の神に対する感覚と似ている

さて、冒頭にお話しした友人の疑問に戻ります。

「神を本当に信じているのか」または「神がいると思うのか」という質問に対して下記のように答えます。

では、あなたは家族や恋人、友人などの大切な人が亡くなった時、お墓参りに行ったり、お墓を建てたいと思いませんか。

これが私と友人の感覚を繋げる最もわかりやすい導入だと思います。

神社での信仰とお墓参りは視覚で認識できなくても、そこに存在しているという感覚が非常に似ていると思います。
お墓は故人との対話をすることができる場所と考え、特定の宗教を信仰していない者でも手を合わせます。

神社も神様とつながるための場所で、神様にご挨拶をし、日常の感謝を述べ、時には祈願をすることはお墓参りで先祖に対してする内容と類似しているのではないでしょうか。

現代では居住地域の守り神を氏神と呼びますが、もともとこの言葉は各氏族の祖先神を指す言葉で、氏族の祖先を地域の守り神としてお祀りする神社は多くあります。また、皇室の祖先を御祭神とする神社も多いです。

このように神道には祖先信仰という要素が多く含まれており、お墓参りと神社の信仰は非常に近い関係にあるのです。

神社の御祭神もお墓のご先祖様も視覚的には存在は証明できませんが、心で存在を感じて、恵みに目を向ける場所ということは共通しています。

神職の役割・使命「御祭神と対話する場所を整える」

 

前段落で述べた通り、神様を見ることができる人間は基本的にはいません。しかし、誰もがその存在は感じることができます。

このギャップを埋めているのが神職で、神職は目に見えないものを感じてもらえるように振る舞わなければならないと思います。

目に見えない御祭神を感じてもらうために、私は御祭神と対話できる場を整え、神様の存在を感じることができるような神社をつくることに力を注ぎ、神道の考え方を徐々に知っていただきたいと考えます。

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