豆知識

【神社や天皇・皇室との関係】国民の祝日の制度・由来・起源について解説

日本では一年間のうちに数多くの国民の祝日が設定されています。

この国民の祝日は何のために設定されたのか、考えたことはあるでしょうか。

実は国民の祝日と神社の間には深い関係があります。

たむ
今回は国民の祝日とはなんなのか詳しく解説していこうと考えています。

 

国民の祝日の日数は全部で16【祝日の一覧】

祝日は1年間のうちに何回あるかご存知でしょうか?

正解は16です。

たむ
令和3年現在の国民の祝日一覧をご覧ください。
日にち国民の祝日
1月1日元日
1月の第2月曜日成人の日
2月11日建国記念日
2月23日天皇誕生日
春分日春分の日
4月29日昭和の日
5月3日憲法記念日
5月4日みどりの日
5月5日こどもの日
7月の第3月曜日海の日
8月11日山の日
9月の第3月曜日敬老の日
秋分日秋分の日
10月の第2月曜日スポーツの日
11月3日文化の日
11月23日勤労感謝の日

 

国民の祝日の意義「国民の祝日に関する法律」

では国民の祝日の意義について考えていきます。

まずは「国民の祝日に関する法律」の一部を引用してみます。

第一条 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。

 

ここで注目すべきは「国民がこぞって祝い、感謝し。又は記念する日」の「こぞって」という部分です。

こぞってというのは日常的に用いる言葉に直すと「一人も残らず。全員で。」という意味です。ちなみに、漢字では「挙って」という字を書くようです。初耳学。

話が逸れましたが、「日本国民全員が祝い、感謝し、記念する日」ということは日本という国は私たちの国民一人ひとりが支えているというということの自覚を持たなければいけないということの裏返しであると考えられます。だからこそ正式には単に祝日と言うのではなく”国民の”祝日と呼んでいるのです。

 

 

国が国民意識を求めるようになったのは明治時代

前の段落では「国民の祝日に関する法律」は国民一人ひとりが日本国の構成員として自覚を持つことを要求しているということを述べましたが、そのような自覚を要求するようになったのはいつでしょうか。検討していきます。

まず国という概念について今でこそ日本列島すべて・北海道から沖縄までを合わせて1つの国として認識していますが、江戸時代にはそのような考え方はありませんでしたよね。

戦国時代という言葉や例えば東京付近を武蔵国・和歌山県を紀伊国・鹿児島県を薩摩国と言うように国と言えば領主が治める区域を指すと認識されており、江戸時代でいえば藩というのがその範囲であったと考えます。したがって、当時の国民が持つ国民意識等のは領主や藩主に対する忠誠心でした。

しかし、江戸時代後期に入り欧米諸国が日本に訪れるようになってから徐々に変わっていきます。欧米の圧倒的な軍事力を見せつけられた日本では列島全体で纏まり1つの国を形成しなければいけないという動きが活発化していき、江戸幕府に代わって政権を担った明治政府は廃藩置県を行うことでこれまでの封建的な体制を崩すことにしました。

 

しかしながら、廃藩置県も一筋縄ではいきませんでした。当時の人々は藩主と明治政府の間で板挟みにあっていたのです。では、これまでバラバラだったものをどのように一つに纏めるのが良いのか。そこでとられた方法が天皇を中心とする国家の形成です。

時代を振り返れば奈良時代 天武天皇の御代では律令体制がとられ、公地公民制と言われる土地や人を全て国家のものと位置づけていました。結局、公地公民制は皆さんも日本史の授業で習ったであろう三世一身の法や墾田永年私財法等の方策から荘園と呼ばれる私有地が増加し崩壊してしまいましたが、明治政府は律令時代を手本とした国造りを行うことにしたのです。

公地公民制の崩壊以降も天皇は常に我が国の中心に君臨していました。武士が政権を握った世の中でも朝廷は残り続け、征夷大将軍というのも天皇の任命があってやっとその地位を確かのものとできたのです。これは世界を見れば大変稀なことで、天皇を敬うという精神は長い年月を経ても失われない日本人に染み付いたものになっていたのでしょう。

 

国民の祝日は皇室に関する行事ばかり

明治政府は太陰太陽暦から太陰暦への変更を行い、加えて日本人としての自覚を確立するために宮中行事の行われる日を祝祭日に設定しました。

 

たむ
先ほど紹介した国民の祝日の一覧に戦前の祝日名を加えました。

一番右の列には皇室との関係がある祝日に〇をつけています。ご覧ください。

日にち国民の祝日戦前の祝祭日の名称皇室との関係の有無
1月1日元日新年節祭
1月の第2月曜日成人の日
2月11日建国記念日紀元節
2月23日天皇誕生日天長節
春分日春分の日春季皇霊祭
4月29日昭和の日(昭和の天長節)
5月3日憲法記念日
5月4日みどりの日
5月5日こどもの日
7月の第3月曜日海の日
8月11日山の日
9月の第3月曜日敬老の日
秋分日秋分の日秋季皇霊祭
10月の第2月曜日スポーツの日
11月3日文化の日(明治の天長節)
11月23日勤労感謝の日新嘗祭

 

ご覧の通り、ほとんどの祝日が戦前から名称を変えて引き継がれたものであることが分かります。

現在の祝日は名前は変わってしまっていますが、皇室に関するものがたいへん多いということを理解していただけましたでしょうか。

 

みどりの日・海の日・文化の日は戦前の祝祭日の名称がないにもかかわらず、皇室との関係の有無が〇になっています。これらについて一言ずつ解説を加えることにします。

みどりの日と昭和の日の関係

みどりの日は今では5月4日とされていますが、もともとは4月29日でした。

天皇の誕生日には天皇誕生日という祝日が入ることになっていますが、昭和天皇の誕生日は4月29日でした。1989年に昭和から平成に元号が移り天皇誕生日が12月23日になったことで4月29日は祝日ではなくなるはずでしたが、4月終わりから5月初めにかけてのゴールデンウィークへの影響を考えて4月29日をみどりの日としました。

また2005年には4月29日を昭和の日と改め、もともと祝日に挟まれて国民の休日となっていた5月4日をみどりの日としました。

みどりの日という名称は「昭和天皇は植物に造詣が深く自然を愛する人であった」ことに由来します。

海の日と明治天皇

海の日という名称を見ると、皇室とは関係ないように思えますが実は天皇と関係があるのです。

明治天皇が函館から横浜へお戻りになる際、その航路は大荒れとなっていました。この船旅から明治天皇が帰還されたのが7月20日であり、この日を記念して海の日とされました。

 

日本人の国民意識は皇室にある

ここまで国民の祝日について解説してきましたが、国民の祝日設定で目的とされた国民意識とは何なのでしょうか。

答えはいくつもあるでしょうが、そのうちの一つに天皇の存在が挙げられと考えます。

日本国憲法でも記述されているように天皇というのは日本国および日本国民統合の象徴であります。これについては批判的な意見が上がることも想定されますが、天皇が我が国の歴史の中心人物であることは明らかです。

宮中で行われる祭祀の多くが神社でも行われていることなど、神社と皇室は深い関係にあることは当サイト【神社のハナシ】を読んでいただければ詳しくわかると思います。

天皇を中心として1つの国の民としての自覚を有することが日本国の発展につながっていきます。祝日を単なる休日と解釈し過ごすのではなく、祝日の意味を理解し我が国の未来を考えるきっかけにしてくださいますと神道に携わる者として非常にうれしく思います。

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