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【立皇嗣の礼・立太子の礼とは】2020年立皇嗣の礼を11月8日に実施

2020年4月に立皇嗣の礼が行われることになっていましたがコロナウィルス感染拡大の影響で延期されてしまい、実施の見通しが立たないでいましたが この度11月8日に実施が式典委員会で決定されました。

 

たむ
今回は立皇嗣の礼や今回中止された宮中饗宴の儀(宮中晩餐会)について解説していくよ!!!

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立皇嗣の礼とは皇太弟としての地位を示す儀式

立皇嗣の礼というのは聞きなれない語ですよね。

それもそのはず、現行の皇室典範史上初めて行われる儀式なのです。

 

現在の皇室典範2条では皇位継承について

①皇長子(天皇の第一皇子)

②皇長子の子

③その他の皇長子の子孫

④皇次子(天皇の第二皇子)とその子孫

⑤その他の皇子孫

④皇兄弟

⑤皇兄弟の子孫

⑥近親

と定めています。

したがって、通常の第1順位は天皇の長男ということになりますが、今上天皇には男子、すなわち皇太子がいません。

そこで、④の事例として弟が皇太弟となったのです。


また現在の制度では天皇の弟=皇太弟を表す語がありません。

そこで平成29年に成立した皇室典範特例法第5条で

「この法律による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太子の例によるものとする」と定め、

立太子の礼に代わり皇位継承順位第1位の者を指す言葉である皇嗣を用い、立皇嗣の礼を実施することとなりました。

 

立太子の礼の歴史

たむ
続いて立太子の礼の歴史について説明するよ!!

立太子の礼は古代から行われていましたが、室町時代中期から江戸時代前期までは中止されており、

天和三年に朝仁親王が皇太子に立てられるまでは行われていませんでした。朝仁親王の立太子の礼では旧儀を踏襲して行われました。

明治42年に立儲令りっちょれいが定められ、皇太子を立てる際は当日 詔書をもって交付することとされるなど立太子について詳細に規定していました。

 

こうした一連の法整備により立太子儀は皇太子を立てるための儀式ではなく、皇太子に立てられた事実を内外に示すことを目的とする儀式に変容しました。

この制度下で行われた唯一の事例が大正5年の立太子儀です。

 

昭和22年になると立儲令は廃止されましたが、現在も立儲令の規定を踏襲して行われており、目的も同様です。

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立皇嗣の礼(立太子の礼)の内容

たむ
立皇嗣の礼(立太子の礼)の説明のために今上天皇が皇太子となった際の立太子の礼を紹介します。

式次第の例

勅使発遣の儀

伊勢神宮に立太子の礼を行うことを報告するための勅使を派遣

賢所皇霊殿神殿に親告の儀(宮中三殿)

これから立太子の礼を行うことを宣言

立太子宣明の儀(宮殿松の間)

まず天皇陛下のお言葉があり、皇太子が御前に参進して敬礼したのち、皇太子がお言葉を述べ。内閣総理大臣の寿詞。

皇族のほか、内閣総理大臣・都道府県知事・各国大使ら245人が参加し皇嗣となったことを宣言

賢所皇霊殿神殿に謁するの儀(宮中三殿)

立太子宣明の儀の後、宮中三殿にて拝礼

朝見の儀(宮殿:松の間)

天皇陛下に感謝と決意を表明

宮中饗宴の儀(宮殿豊明殿)

皇族のほか、内閣総理大臣・都道府県知事・各国大使とと行う晩餐会

壷切御剣について

立太子の礼では壷切御剣が授けられます。

皇太子に剣が授けられたということの初見は貞観11年(869年)に皇太子に立てられた貞明親王の事例です。

このときは近衛府の次将が勅使として持参して授けられました。ただし、立太子の礼に際して行われたのか、それともそれ以降に行われたのかは不明です。

 

壷切御剣の初見は寛平5年(893年)に皇太子に立てられた敦仁親王(後の醍醐天皇)の事例です。

藤原基経が父から受け継いだものを皇太子となった敦仁親王により献じられたのですが、藤原基経は長良を実父、良房を養父としており、どちらから授けられものかは不明です。

 

これ以降 壷切御剣を授けられることは慣習となり南北朝時代まで続けられましたが、寛元元年(1243年)の久仁親王の事例では壷切御剣が紛失しており、異なる剣が授けられたとされる。また、南北朝の動乱による いざこざで紛失したとの記述も残されており、壷切御剣は歴代皇太子によって純然と受け継がれてきたというわけではなさそうです。

 

さらに、壷切御剣の下賜は常に立太子の礼の一環として行われたわけではありません

平安中期から南北朝時代までは立太子の礼の一環として行われていたとされますが、それ以外の時期には立太子の礼の前後に授けられることや、下賜された形跡がないこともあります。

 

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宮中饗宴の儀とは

たむ
今回の立太子の礼ではコロナウィルス感染拡大予防のため、食事を伴う宮中饗宴の儀は行われないことになりましたが、この宮中饗宴の儀とはどのようなものか説明していきます。

 

宮中饗宴の儀とは皇居の豊明殿という宮殿で行われる晩餐会のことで国事行為として行われます。「豊明」とは奈良時代以降に行われていた豊明節会にちなんでつけられました。

晩餐会には皇族、内閣総理大臣や衆参議院長、最高裁判所長官のほか各国要人も参加します。

 

料理は基本的にフランス料理でワインの他に日本酒も振舞われるそうです!

また、宮内庁楽部の楽師らがオーケストラを組み、クラシックなどを演奏します。


たむ

おそらく立皇嗣の儀は、発表されているような宮中饗宴の儀中止のほか、宣明の儀の招待客も減らし通常より簡素に行われることになるでしょうが、まずは立皇嗣の儀を行うことができるようになったことを喜び、秋篠宮文仁親王の立皇嗣を祝いましょう!!

 

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