豆知識

【伊勢神宮 月次祭とは】6月・12月に行われる月次祭は神嘗祭と並んで三節祭に列せられる奉幣を伴う重儀

伊勢の神宮では6月と12月に月次祭という祭りが行われています。この祭りは神宮祭祀令で大祭に列せられる重要な祭りであり、奉幣があったことからも皇室にとっても重要な祭祀のひとつです。

今回は伊勢の神宮で行われている月次祭についてお話ししていきます。

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月次祭とは6月と12月の年2回行われる由貴大御饌と天皇陛下からの幣帛を奉る神嘗祭と並ぶ伊勢神宮恒例の大祭

月次祭とは伊勢神宮で6月と12月に行われている祭祀で、大正3年に公布された神宮祭祀令によれば祈年祭・神御衣祭・神嘗祭・新嘗祭と並んで恒例の大祭とされており、また神嘗祭と合わせて三節祭または三時祭と呼ばれている神宮において非常に重要な祭りのひとつです。

外宮では日毎朝夕大御饌祭にて毎日朝と夕に神饌を奉ることが宮の本質であり、内宮では神嘗祭において天照大御神に直接由貴大御饌を奉ることが宮の本質で年一度の神嘗祭に加えて年2回月次祭と名前を付けて神饌を奉ることになりました。このような由緒から月次祭は神嘗祭と似た性質を持っていると考えることができます。

月次祭が行われる月として6月と12月が選ばれた明確な理由は分かっていませんが、おそらく旧暦の夏の終わりの6月と冬の終わりの12月が1年間を丁度半分に分ける月だったからというのが考えられます。また、この時期は神領において神酒や赤引糸などを神宮に奉る時期であったことも理由のひとつとして挙げられます。

 

月次祭で由貴夕大御饌が16日午後10時、由貴朝大御饌が17日午前2時に奉られる理由

神嘗祭と同様に由貴大御饌は朝夕の2回奉られ、由貴夕大御饌は16日の午後10時、由貴朝大御饌は17日の午前2時に奉られます。

この時間に行われている根拠については『延喜式』に「亥時夕の膳を供し、丑時に朝の膳を供す」とあります。これは一日を12支に分けて、子を0時、丑を2時、寅を4時・・・としており亥を午後10時、丑を午前2時に奉られます。

 

月次祭の勅使参向と式次第「神嘗祭との比較」

新嘗祭は大御饌供進の儀など大まかには神嘗祭と同様の次第で進められていきますが、幣帛供進の儀では勅使の参向がないという点が異なります。

かつては伊勢の神宮に対して奉幣が行われていましたが中世以降は奉幣の儀が中絶し、これを明治5年に復興しましたが勅使は派遣されないままでの斎行です。したがって神嘗祭では勅使が御祭文を奏上し大宮司が祝詞を奏上するところを、月次祭では勅使の御祭文に変わって大宮司が祝詞を奏上、大宮司の奏上すべき祝詞を小宮司が奏上します。

また、勅使の参向がないため、御扉の開閉もなく閉扉のままで幣帛を大床に奉奠し祝詞の後にこれを東宝殿に奉納します。

 

『延喜式』巻4 大神宮に見る月次祭に朝廷から奉られる幣帛

『延喜式』巻4 大神宮

六月月次祭、十二月此に准じよ

赤引糸40絇、木綿大7斤、麻大12斤、酒米10石、雑贄20荷、雑供料米15石、塩1石4斗、鉄1廷

赤引とは清らかな繭からとった絹糸のことでこれは度会郡から納められたものを用います。

木綿とは樹皮を裂いたものであるが、現代においては麻で代用しています。

上記は内宮に関する記述ですが、外宮については内宮と品目はほとんど同じで量が内宮よりも少なくなっており、これらの費用は神宮司の司庫から支出されます。

 

全国の神社の月次祭と伊勢神宮の月次祭の意味・由来等の違い

全国の神社で行われている月次祭は月ごとの祭りという意味であるのに対して、神宮では同じ趣旨の祭りが半年後の同じ日に繰り返して行われることから大まかに月次の祭りと称したとされたと考えられます。したがって、同じ月次祭という名称でもその意味は異なるということが理解できます。

また、各神社の月次祭は小祭として行われているのに対して伊勢の神宮では特に重視されている三節祭のひとつであり大祭として行われているという点が異なります。

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